中東をめぐる地政学的緊張はさらに高まり、ロシア国内の主要製油所も戦火の中に。そうした情勢がナフサや石油化学マーケットにも影響を与えている。この地政学的緊張の中身と今後の展望について、石油化学コンサルタントが解説する。
ナフサや石油化学への影響は? 緊迫する中東とロシアの地政学(後編)
2024.04.17
この記事では…
(執筆:柳本 浩希/石油化学コンサルタント)
前回は、中東の地政学的リスクがあらゆる海運市況のみならずナフサ相場をも引き上げている点について解説いたしました。2023年10月にパレスチナ紛争が勃発してから、紅海やアデン湾周辺を航行することが困難となり、欧州から毎月100万トン以上受け入れていたアジアの需要家は、アフリカ大陸南端の喜望峰経由の航路へと切り替えざるを得なくなりました。これによって航海日数と船賃が増加し、ナフサ相場の強材料となりました。
ロシアの製油所にも攻撃が
地政学の観点からもう1つ、ナフサ相場を持ち上げた要素があります。それは、2022年2月に始まったウクライナ戦争の延長線上に位置する、ロシアの製油所への攻撃です。ウクライナ戦争は2022年の開戦当初、ロシア産の石油を市場から排除する動きが加速したことを受け、世界の石油需給がバランスタイトとなるとの見方から石油相場を過熱させました。しかしその後は、ロシア産の石油について非欧米諸国へのフローが確立したこともあり、2023年に相場は沈静化し、ナフサにおいてもウクライナ戦争が相場を変動させる主要なファクターとなることは少なくなりました。しかし、ここにきてウクライナがドローン技術の進歩を背景に、自国の主権が及ぶ領域から遠く離れた場所でもドローンで積極的に攻撃を仕掛けることができるようになりました。アゾフ海や黒海を航行するロシア海軍の船舶が撃沈した報道は記憶に新しいかと思います。この流れで、ウクライナから遠く離れたロシアの製油所に対しても攻撃が頻発しました。
当然、ウクライナ軍のドローンによって攻撃されたのか、それともロシア領内からの攻撃なのかは判然としない事案もありますが、下表のとおり今年に入って増加していることは紛れもない事実です。

攻撃された製油所の一覧
攻撃を受け爆発炎上したウストルーガ港にあるコンデンセート分離装置や、テュアプセ製油所、ヴォルゴグラード製油所はいずれもロシアの石油精製産業の根幹に位置するともいえる装置です。バルト海沿岸に位置するウストルーガ港にはナフサがロシア内陸の製油所からパイプラインや貨車で集められ、アジアへと毎月20-40万トン輸出されています。また、テュアプセ製油所は黒海沿岸にある複数の製油所のうち中核をなしており、テュアプセ港やノヴォロシースク港からナフサがアジアや南米へと輸出されています。地中海で大型船に詰め替えられているケースが多く正確な数量は不明ですが、少なくとも毎月30万トン程度はアジアへと運ばれています。ヴォルゴグラード製油所はロシアの内陸部にある中心都市ヴォルゴグラードにある大規模製油所です。ヴォルゴグラードの旧名はスターリングラードで、独ソ戦において壊滅的な被害を受けた街です。ここからも一部の石油製品が黒海を経由して船で輸出されていると見られ、ロシアからのナフ輸出量が減少するとの懸念が高まりました。
また、テュアプセ製油所はSNSで製油所の主要工程とみられる装置群が激しく爆発炎上している動画があり、これを見る限りにおいては復旧までには相当な日数を要することが見込まれます。
2つの地政学的リスクとナフサ相場
スエズ運河を経由して域外から運ばれるナフサのことを裁定玉と言いますが、裁定玉の供給について中東の地政学的リスクを背景に大きく迂回せざるを得なくなっただけではなく、このようにロシアからのナフサ輸出が主要製油所への攻撃を背景に減少する懸念が高まり、アジアのナフサ相場は一気に買われました。
下のグラフに示した通り、この2つの地政学的リスクはナフサ相場を引き上げる重要な役割を果たしたことになります。

インターマンススプレッドとCrack Spreadの動き(2023年11月~2024年2月ごろ)
Crack Spread(クラックスプレッド)はナフサと原油との値差を示し、左軸を取っています。インターマンススプレッドは期近の需給のタイト具合を示しており右軸を取っていますが、高値であればあるほど需給がひっ迫していることになります。ご覧の通り、大幅に値上がりしていること分かります。
パレスチナ紛争もウクライナ戦争も終わりが見えていない状況は続いています。2023年は地政学的リスクがそれほど意識されなかった年でしたが、今年は米国の大統領選を控えて親米勢力、反米勢力共に新たな行動をしやすい環境にあると言えるでしょう。バイデン大統領とトランプ元大統領との一騎打ちとなることが見込まれますが、両陣営の外交政策は正反対となっています。米国の4年間もの外交方針が決定される前に、周辺国が米国内世論を有利な方向に導きたいというバイアスがかかるのは必然と思われます。そのため、ウクライナ政府、ロシア政府、イスラエル、パレスチナ、イランにおいて何かしらの国際社会や米国世論へ影響を及ぼせるような動きは出やすいと想定されます。
このような背景から、今年のナフサ相場のキーワードは「地政学」と言えるでしょう。地政学については定期的にPlaBaseに寄稿していきます。
1985年生まれ。大学卒業後、総合化学メーカーに就職し、石化コンビナートの現場、ナフサの調達、合成樹脂の営業を経験。その後、ナフサ取引の仲介や情報誌の編集責任を務め、2026年5月に炭化水素リサーチ株式会社を創業(https://hc-r.co.jp/)。ナフサと石油化学業界必携のNaphtha Portalを立ち上げる。
