現在の石油需給の構造変化や石化産業に対する影響について詳しく解説します。
石油需給の構造変化が石化産業に及ぼす影響(1):石油化学市場レポ
2024.09.11
この記事では…
(執筆:柳本 浩希/石油化学コンサルタント)
足元で起こっている石油需給の構造変化について丁寧に解説した上で、石化産業に対する影響について、2回の記事で検討していきます。原油やナフサ相場が今後下落に転じる可能性と、その場合の影響をこの連載で論じていきます。

油と石油の需要のパラダイムシフト
主にEU加盟国やオーストラリア、日本、韓国に加えて米国や英国を準加盟国として包含し、いわゆる西側諸国で形成される国際エネルギー機関(IEA)は、2024年6月の月報の中で、世界の油需要について2029年にピークをむかえ、2026-2029年の需要伸長はほぼないに等しいことを示しました。足元は1日当たり世界全体で1億200-300万バレル程度の油を消費していることろから、2029年にかけて、需要はせいぜい日量300万バレル程度しか伸長せず、日量1億500万~600万バレルが油の使用量のピークとなると予想しています。電気自動車をはじめとする燃焼エネルギーの転換(非燃焼化)、電力での代替が加速するとともに、液体の炭化水素から天然ガスをはじめとする燃焼時の炭素排出量が少ない炭化水素ガスやクリーンエネルギーへの移管が、油需要に上蓋をするとしています。
一方、中東の産油国を中心とする石油輸出機構(OPEC)の石油需要見通しはIEAの報告よりも、石油需要に対してより楽観的となっています。油のピークはまだ予想できないとして、2024年や2025年の需要の伸びについても、IEAのそれに対して2倍程度の伸びを予想しています。OPECは石油の適正価格制御に対して高いインセンティブがあることから、需要を高めに設定する意向が働いている可能性は否めないでしょう。その意味では、IEAの6月月報は、世界の油需要のピークについて一定の客観性を担保しながら指摘した初めての報告書ということになります。
近代以降、世界の油の歴史はほぼ石油の歴史と軌を一にしています。石炭に代わるエネルギー源として石油は米国の隆盛を支え、日本にとっては先の戦争も含め、世界的な戦争の要因にもなりました。先物相場が誕生して以降は世界の人口増加と共に、需要も右肩上がりに増加していき、マーケットの規模は時を追うごとに膨張してきました。2005年からは中国の需要増加に伴う需給タイト化を背景に、原油が有望な現物資産と見做され、投機資金が流入し相場のボラティリティは大幅に上昇。激しくアップダウンを繰り返すマーケットとなっています。
これまでは世界の需要が増加していくという保証があるからこそ、活発な相場が成り立っていたと言っても過言ではありません。そのため、IEAの月報であるOil Market Report において、「Oil Demand」は「石油需要」と当たり前のように翻訳されてきました。「油の需要=石油の需要」でほぼ間違いなかったのであるから、この誤訳を指摘する声はなかったわけです。しかし、燃焼用途がメインである石油の需要がピークアウトしてきている中で、IEAは今後のOil Demandの伸びが燃焼用途の石油からバイオ燃料にシフトすると予想しています。この「Oil」は狭義の意味の「石油」ではなく、より広義の「油一般」と捉えるべきです。つまり、前述に示した2029年にかけての限られた油需要の伸びにおいても、その担い手は燃焼用途の石油ではなくバイオ燃料など非石油系の油ということになります。近い将来に石油の需要が伸び悩むことを見越して、現在中東の産油国はアンモニアや水素、天然ガス、自然エネルギーなどクリーンエネルギーに対して大規模に投資することを決定しています。
このような油と石油の需要のパラダイムシフトは、当然のことながら今後石油相場の代表格である原油相場に対して負の影響を与えます。石油の需要伸長は先物の相場に対する買いを少なからず支援してきていましたが、今後有望な資産としてリターンが期待されなくなっており、相場は需給環境に対してより厳しい目を向けています。足元ではOPECにロシアが加わったOPECプラスが協調減産体制を維持しており、特にサウジアラビアが自発的に減産を遂行し、相場は何とか維持されていますが、2024年のブレント原油は75~90ドルのボックス圏で推移しており、この協調減産の他、中東やロシアの地政学的リスクも相場の下値を支えたと言えるでしょう。
反対に、以前は100ドル/バレルを超えてもおかしくないようなイスラエルとイラン間、およびロシアとウクライナ間の地政学的緊張があった2024年の上半期においても上値が限定的となったのには、石油需要の見通しにおいてGDP成長率に連動して右肩上がりとなるような明るい時代を終えたことが反映されていると考えています。

OPECプラスにおける減産維持の影響
それでは今後もOPECプラスが減産を続けることによって石油の需給環境は制御可能なのでしょうか?これまで通りに原油相場を維持するためには、次の条件が揃う必要があります。
- 非OPECプラスによる増産がないこと
- OPECプラスの団結が揺るがないこと
- ロシアや中東の地政学的リスクが意識され続けること
OPECプラスの減産維持によって需給を将来にわたって維持されるためには、当然のことながらOPECプラス以外の国々による増産がないことが第一条件となります。しかし、足元のOPECプラスの減産による最大の受益者は米国です。高値の相場環境が続けば続くほど、米国の石油生産量の多くを担うシェールオイルは増産していくことが見込まれ、シェールオイルを掘削する企業だけでなく、それを原料に石化製品を生産する企業などにとって追い風となり、今後も生産量は増加していくことが見込まれています。
仮にトランプ元大統領が再選されれば、公約通り米国のエネルギー産業に対する補助金や連邦政府所有の土地の貸与といった、あらゆる支援が施行されることはそのマニフェストにも明らかです。その上で、現時点で2025年にかけて日量100万バレル程度の増産が見込まれていることも踏まえれば、シェールオイルの供給はより増加するでしょう。
2つ目の条件であるOPECプラスの団結についても、決して順風満帆とは言えない状況にあります。直近である2024年6月初めに行われた閣僚級会合において、2024年7月以降の協調減産体制について現状維持を決定しながらも10月以降は段階的に減産幅を縮小させる意向を表明しました。これは、増産意欲の強いイラク、クウェート、UAEなどサウジアラビア以外のOPEC加盟国の意向を組み入れたものと見られますが、表明後すぐに原油相場が下落したことを受け、サウジアラビアとロシアの高官はすぐに減産幅の縮小について、「相場が下落した場合はすぐにこれを取りやめる」旨の意向を示し、火消しに追われました。
戦費を稼ぐ必要のあるロシアと、原油価格を一定程度の高値に据え置きたいサウジアラビアがこのような単独行動に出ているのに対して、増産したいサウジアラビア以外のOPEC加盟国は10月を前に開催されるであろう次回の閣僚級会合で不満をぶつける可能性はあります。既に2019年にカタール、2023年にアンゴラがOPECを脱退しており、さらなる加盟国の脱退はサウジアラビアとして避けたいところですが、現時点で自己犠牲的な大規模な減産をしている中で、さらに譲歩することもできない状況にあるジレンマに陥っています。前段の米国の増産とOPEC加盟国内の不和が拡大すれば、コロナショック直後にサウジアラビアが増産に踏み切ったような事態(その際は米国の原油相場先物における期近引き渡しのものが一時マイナスという史上最安値を付けました)が今後起こらないとも言えません。
最後の条件として産油国の地政学的リスクを挙げました。2024年はウクライナによるロシアの製油所へのドローン攻撃や、パレスチナ紛争を背景とするバブエルマンデブ海峡航行の商業船舶に対するフーシによる攻撃を背景に、ロシアや中東地域の地政学的リスクが高まりました。
一方、開戦後初めてウクライナのゼレンスキ―大統領がロシアとの停戦について、領土の返還や交渉の否認といった従来の条件を棚上げして検討を開始する可能性を示唆している他、パレスチナ紛争においてもイスラエルと隣国レバノンとの軍事衝突が激しさを増す中で、さらなる衝突と泥沼化を回避するために、今後休戦協定にこぎつける可能性もあります。特に対外政策においてバイデン政権よりも不関与方針を掲げるトランプ元大統領が返り咲けば、なおさら地政学的不安は押し下げられると見込まれます。
次回は、今後のマーケットのトレンドなど解説
今回は石油需給の構造変化と、足元のマーケットのもろい支持基盤を示しました。次回はマーケットの動きを分析しながら、今後のトレンドと原油相場の値動きが石化産業に与える影響を検討します。
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1985年生まれ。大学卒業後、総合化学メーカーに就職し、石化コンビナートの現場、ナフサの調達、合成樹脂の営業を経験。その後、ナフサ取引の仲介や情報誌の編集責任を務め、2026年5月に炭化水素リサーチ株式会社を創業(https://hc-r.co.jp/)。ナフサと石油化学業界必携のNaphtha Portalを立ち上げる。
