MI(マテリアルズ・インフォマティクス)の識者が解説! 今回はMIの定義や、研究開発組織における研究開発DXの取り組みおよび展望について取り上げる。
研究開発DXとMIの在り方:研究開発DXが拓く新たな価値創造(前編)
2025.01.27
この記事では…
(執筆:入江 満/MI-6株式会社 取締役、miLab 編集長)
近年、研究開発(R&D)領域におけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)が注目を浴びています。製造業から素材産業、化学・材料企業、そして大学研究室に至るまで、データとデジタル技術を核として新たな価値創造を目指す動きが加速しています。中でも、マテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics, MI)は、その中核的なツールとして期待を集めています。MIは材料探索における「逆問題解決ツール」にとどまらず、データ基盤・知識基盤として組織に浸透し、研究開発DXを強力に推し進める「プラットフォーム」となり得ます。
本記事では、MIの狭義・広義の定義、研究開発組織における研究開発DXの取り組みおよび展望について整理し、その可能性を提示したいと思います。

研究開発DXとは何か?
DXの概念とR&D特有の課題
DX(デジタル・トランスフォーメーション)は、デジタル技術を用いてビジネスモデルや組織文化、価値提供プロセスを刷新し、競争優位性や新たな顧客価値を創出する概念です。製造やサービス提供プロセスの最適化、生産性向上、顧客体験の改善はDXの王道的な効果ですが、研究開発領域においては、より根源的ともいえる問題、すなわち「未知の物質・材料・プロセスを、いかに少ない試行回数で、高精度かつ素早く見出すか」に向き合う必要があります。
従来、材料開発は試行錯誤が前提でした。熟練研究者の暗黙知や長年の経験を駆使し、仮説検証を繰り返して特性改善を狙うもの。しかしながら、環境規制の厳格化や社会実装までの開発スパン短縮といった要件が増す中、従来のアプローチはコスト面・時間面で成立しづらくなってきました。また、優秀な人材確保の難しさやノウハウ属人化の課題も、少子化や就活における製造業の人気低下という潮流に合わせて深刻になっています。こうした背景から「少ない労力と時間で、より革新的な材料とプロセスを生み出す」ことが求められ、研究開発DXはその解決アプローチとして期待されています。
MIと研究開発DX
MIは、研究開発DXを象徴する1一つの鍵概念といえます。MIはその発端から「所望特性を満たす材料や組成を逆問題的に探索する」機械学習技術として注目されていました。ここではこれを「狭義のMI」としましょう。一方、現実のR&D組織においては、MIを解析機能単発で導入するだけでは大規模かつ持続的な効果は得られません。「使える人だけ使う」状態に収束してしまうからです。そこで、データ生成・記録(装置のデジタル制御や自動計測)、データマネジメント、ナレッジ蓄積・活用、さらには組織横断的なコラボレーション基盤まで含めた「広義のMI」の確立が必要です。
この「広義のMI」は、研究開発におけるデータ駆動型戦略であり、研究者がより創造的に成果を生み出す新たな土壌を築く潜在力があります。研究開発DXは、このような広義のMIをプラットフォームとして活用し、組織全体でデータと知見を「デジタル資産」へと変換し活用するプロセスです。
狭義のMIから広義のMIへ
狭義のMI:逆問題解決ツールとしての位置づけ
狭義のMIは、材料特性予測モデルによる仮想スクリーニング、ベイズ最適化、強化学習による分子構造探索など、逆設計タスクに特化した手法群を指します。研究者はこれらを用いて、実験範囲を絞り込み、物性予測精度を高め、合成や評価の手間を削減できます。例えば、有機半導体や樹脂コンパウンド、機能性セラミックスなど、多様な分野で新規材料発掘や特性改善が報告されています。こうした成功事例は、既に多くの企業・研究機関で積み上がっています。
しかし、狭義のMIはあくまで「道具」であり、特定の研究テーマや研究者がその効果を享受するにとどまるケースが多いです。局所的な状況への道具の磨き込みにはきりがありませんが、材料開発者が一つの道具として究めるべき対象としてMIが最適なケースというのは必ずしも多くはありません。有限な研究期間において、自身の取り組むテーマにおけるMIがもたらしうるインパクトを推定し、その採用を判断する必要があります。狭義に考えると、MIというのは主に「研究テーマ」「個々の研究者」の目線で評価するものであり、「研究組織」「研究プロセス」といったマネジメント観点では評価しづらいものです。
広義のMI:組織プラットフォームとしての進化
ここで、MIを「プラットフォーム」の観点で捉える発想が重要になります。「環境」といってもいいでしょう。
様々な研究開発テーマやMI解析に関するデータやナレッジ、成果が組織で蓄積され、研究開発の業務プロセスの中で自然に再利用・拡張される環境により、研究組織や研究プロセスのデジタル変革が実現される。このような発想です。
広義のMIは、組織レベルでのデータマネジメント、ナレッジ共有、研究プロセス改善の様々な取組みを総合します。たとえば、下記のような主要な取組みを要素として含みます。
データ・ナレッジ基盤の整備と組織的活用
実験データ、計測結果、そこで得られた考察・洞察を、一元的かつ標準化された形式で蓄積・管理する仕組みを作ることで、異なるテーマやプロジェクト間でのデータ共有や再利用が促進されます。
またデータ解析で獲得した知見やノウハウを組織内で共有し、蓄積するプロセスも重要です。一度学んだ成功のパターンや失敗の原因を組織全体が参照できるようになれば、同じ過ちを繰り返さず、より早く優れたアイデアや方針にたどり着けます。過去に行った実験記録が不十分なために同じサンプルを作成する、という避けたい状況は、実際の経験談としてよく耳にします。ナレッジ活用の仕組みづくりは、個々の研究者の経験を将来に活かし、組織全体の知的資産を増やすことにつながります。
探索戦略の高度化とセレンディピティの誘発
単に狙った目標に到達するための手法としてデータ解析を使うだけでなく、未知の領域へ目を向け、新たなアイデアや材料を見つける「探索戦略」を高度化する考え方は、データ駆動開発ならではの価値の一つです。ベイズ最適化などの統計的手法を活用すれば、確実な改良点だけでなく、思いがけない有望候補にも光を当てられます。こうした「価値のある偶然を意図的に生み出す」戦略は、成果の生成確率を高めます。
研究施設のデジタル制御化
研究施設内の実験や計測の装置をデジタルで統合管理できるようにし、実験条件の設定や操作、測定データの収集を自動化・遠隔化することで、正確かつエラーの少ないデータ取得が可能になります。これにより、人手による手間やミスが減り、データ蓄積が容易になります。
インターオペラビリティとコラボレーション
異なるソフトウェアや実験装置、異なる組織間などでスムーズにデータや情報をやり取りできるようにより、システム同士が「会話」できる環境を整えます。これにより、組織内外のコラボレーションが活性化し、新たなシナジーやイノベーションを生み出しやすくなります。
こうした取り組みは、単なる技術導入に留まらず、組織文化・慣習の変革を伴うものになります。いわば研究開発DXは、データ共有・活用の「流儀」を刷新し、研究者同士や、研究者と「機械」が、多様な観点でコラボレーションできる場を作る活動でもあります。ここでいう「機械」とは、実験装置のような物理的な機械と、人工知能のようなデジタル機械のいずれも含みます。
(後編へ続く)
>>>>連載「化学業界・材料開発におけるAI・MI活用ガイド」一覧
【参考資料】
・マテリアルズ・インフォマティクスと研究開発DX
プロフィール

入江 満(いりえ・みつる)
MI-6株式会社 取締役 / miLab 編集長
東京工業大学・大学院(現:Science Tokyo)においてバイオインフォマティクスを専攻。政策コンサルティング会社、ITベンチャーを経て、当社共同創業。MIを基軸にした解析サービスおよびプロダクトの開発を牽引。現在は事業・プロダクト・R&Dの責任者として執行全般を統括。
■MI-6による研究開発DX/MIメディア「miLab」
https://mi-6.co.jp/milab/
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PlaBase編集部
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