「ベテランであっても陥りやすい落とし穴」をテーマに、現場で起きた不可解な現象を題材として取り上げ、その原因を紐解いていきます。今回は、PPSのカタログスペックの罠……!? について。
耐薬品性を誇るPPS樹脂が、なぜ膨潤したのか?:ベテランも陥るプラスチック成形の罠(1)
2026.06.10
この記事では...
(執筆:茂木 淳志/PLAMO株式会社 代表取締役 博士(工学))
はじめまして! PLAMOの茂木です
読者の皆様、はじめまして。PLAMO株式会社 代表取締役の茂木淳志と申します。
この度、PlaBaseにて新連載【ベテランも陥るプラスチック成形の罠】を執筆させていただくことになりました。よろしくお願いします。
記事末のプロフィールには技術コンサルタントとありますが、私の本業はあくまで射出成形メーカーの経営者です。自ら現場に立ち、他社では断られるような様々な「無理難題」に率先して挑み続ける泥臭いモノづくりが活動の軸となっています。
IMP/IMM工法の開発をはじめ、そうした日々の過酷な現場の実践で培った「材料×成形×金型」の総合的知見とリアルなノウハウが、私の強みです。現在はその本業での経験を活かし、技術コンサルタントとしての活動もしています。原因不明の成形不良や暗礁に乗り上げた開発案件に対し、射出成形の限界を突破する技術サポートを提供しています。
表面的なシミュレーション結果やデータシートだけでは見えてこない「金型内で起きている真の物理現象」に目を向け、自ら難題を手掛ける経営者だからこそお伝えできる、現場の課題解決に直結する生きたヒントをお届けしてまいります。
さて本連載では、「ベテランであっても陥りやすい落とし穴」をテーマに、現場で起きた不可解な現象を題材として取り上げ、その原因を紐解いていきます。
高度化・複雑化する現代の射出成形トラブルは、「材料が悪い」「成形条件が悪い」といった単一の視点では解決が難しいです。部門の壁を越え、「材料特性」「成形条件」「金型構造」の3つの視点で、俯瞰的な視点を持つことの重要性を、実際のトラブル事例とともにお伝えしていきます。ご期待ください。

膨潤するはずがないのに――カタログスペックという罠
「この環境下なら、材料はPPS(ポリフェニレンサルファイド)を選んでおけば間違いない」
設計者や成形技術者であれば、誰もが一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか。PPSはスーパーエンプラの中でも極めて高い耐熱性と、フッ素樹脂に次ぐ優れた耐薬品性を持つことで知られています。
しかし、実際の製造現場では、カタログ上は絶対に耐えられるはずの条件であるにもかかわらず、予期せぬ不良が発生することがあります。
今回解説するのは、ある過酷環境下で使用される車載部品で実際に起きた、PPS樹脂の膨潤(寸法変化)というトラブルです。
この部品はPPS製で、インサート成形で作られています。またオイルや薬品に常時さらされています。事前のテストや材料メーカーのデータシートによれば、当該薬品に対するPPSの耐性は「優(変化なし)」。しかし、量産された部品を環境試験にかけると、特定の部分だけが膨潤し、寸法異常やクラックを引き起こしてしまいました。
現場の成形技術者は首を傾げます。
「材料の選定ミスか?」
「いや、PPSで膨潤するなら他の樹脂もダメでは?」
材料メーカーに問い合わせても、「基本物性として膨潤は考えにくい」という回答でした。
「材料×成形×金型」の視点で分かる、本当の原因
なぜ、十分な耐薬品性があるはずのPPSが、薬品に負けてしまったのでしょうか。結論から言えば、原因は「材料そのものの限界」ではなく、「成形と金型が作り出した局所的な物性低下」にありました。
このトラブルを「材料」「成形」「金型」の3つの視点を掛け合わせて分析すると、以下のようなことが考えられました。
- 1. 材料の視点:PPSの結晶化度 PPSの優れた耐薬品性は、高い結晶化度によって担保されています。しかし、この結晶化は金型内で樹脂が冷却される際の温度履歴に大きく依存します。十分な結晶化度を得るためには、金型温度を高温(一般的に130℃〜150℃以上)に保つ必要があります。
- 2. 金型の視点:見過ごされた局所的な温度低下 問題の部品の金型を解析したところ、膨潤が発生した部位は、インサート金具の熱奪取や冷却水管の配置の影響により、局所的に金型温度が極端に低くなっていることが判明しました。つまり、製品全体としてはPPS製であっても、膨潤した部分だけは、結晶化度が著しく低く(非晶に近い)なっていたのです。
- 3. 成形の視点:残留応力 さらに、その部位はゲートから遠く、無理な保圧をかけて樹脂を押し込んだ形跡がありました。結晶化度が低く分子の結合が緩い状態のところに、高い残留応力が内在していました。ストレスを抱えた結合部が、薬品により膨潤してしまったのです。
カタログ値は、理想の姿にすぎない
材料のデータシートは、理想的な金型と成形条件で作られた試験片での数値にすぎません。
実際の製品は、複雑な形状を持ち、金型内の温度は不均一で、成形時の応力も複雑に絡み合います。「材料がPPSだから大丈夫」という単一の視点では、このトラブルは永遠に解決しません。金型の冷却構造を改修し、結晶化度を均一に保つ成形条件を導き出して、初めて、PPSはその真価を発揮できるといえます。
まとめ
現代の射出成形トラブルは、高度化・複雑化しています。 今回のように、「材料特性」「成形条件」「金型構造」の境界線で発生するトラブルを解決するには、部門の壁を越えた俯瞰的な視点が不可欠であるといえます。
(次回へ続く)
PLAMO株式会社 代表取締役 博士(工学)
IMP/IMM工法の開発者 「材料×成形×金型」の総合的知見と現場のリアルなノウハウを武器に、射出成形の限界を突破する技術コンサルタントです。原因不明の成形不良や暗礁に乗り上げた開発案件にこそ、当社の技術が真価を発揮します。
