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ナフサの考古学 vol. 1 ナフサはなぜ「なふさ」っていうんだ?

2022.02.08

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この記事では…

石油化学の会話では良く出てくる「ナフサ」がなぜ、「なふさ」と言うのか、改めて考えてみよう!

(執筆:柳本 浩希/石油化学コンサルタント)

皆さんは普段からナフサという言葉を口にしながら、なんでこれが「なふさ」と言うのか、少し疑問に思う人も多いのではないだろうか?石油(炭化水素油)のほとんどは英語をそのままカタカナ表記で表す。メジャーな言葉を並べてみると、

oil(オイル、油の総称)→petroleum(ペトロレアム、石油の総称)→gasoline(ガソリン)→naphtha(ナフサ)→kerosene(ケロシン、灯油)→fuel oil(フューエルオイル、重油)→LPG(エルピージー、liquified petroleum gas、液化石油ガス)

……と、製品ごとに呼び名が変わる。英語のnaphthaが「なふさ」になったと言われればそれまでだが、よく考えると、この中でぱっと見ただけでも、naphthaが何か異質な感じがしないだろうか。

例えばオイルやガソリン、エルピージーは生活する中でも聞いたことがあるし、「あぁ、油なんだね」という感じがする。しかし、ナフサだけは意味不明で、かつスペリングもほかの英語から明らかに浮いている。日本においてナフサは原油に次いで2番目に大きい輸入量のある石油で、原油を処理すると2番目に多く生産される製品なのに、なぜこれがnaphthaという、文字を見ても聞いても全く何か分からない名称が当てられているのか? 今回はこの言葉の語源を探ってみたい。

実は上記の石油を表す言葉の中で、ナフサだけは英語、フランス語、ラテン語、もしくはギリシア語などインド・ヨーロッパ語族の言語を超えたところに語源を有している(その他の言葉は全てラテンやギリシア語由来のほか、ガソリンのように造語したものもある)。英語辞書で最も権威のあるOxford English Dictionary(OED)によれば、naphthaはアフロ・アジア語族に属するアッカド語のnaptuが語源(紀元前18世紀ごろに書かれた古バビロニア王国のくさび形文字に表れる)とされる。

つまり、ナフサは語族の異なる語源を有し、かつくさび形文字が使用されていたはるか遠い昔にその起源がある、現在の石油の呼称の中で最も古い言葉ということになる。アッカド語が話されていた中近東・ナイル川流域からギリシア、ラテン、英語へと西側へ語尾を変化させてnaphthaとして伝播していった。同時に東側へも、ペルシア語やアラビア語におけるnaptuとして広がっていった(アッカド語ではなくこのペルシア語が語源という説もあるが、時代的にくさび形文字の方がはるかに古いことからOEDは可能性が低いとしている)。

元々、naptuは液体の石油のことを示し、地中から湧き出ている黒い炭化水素油である瀝青(れきせい)の液体部分を指していた。日本でも秋田県の日本海側で石油が地中から湧いてくる地域があるが、まさにその黒い液体と同じだ。この液体は暗闇を灯す照明用途としてのみならず、アスファルトや薬の原料として、また軍事用途としてアッシリア軍の火力兵器や、紀元前7世紀ごろに開発されたギリシア火薬の原料としても活躍した。

このギリシア火薬は十字軍の攻防にも使用され、海上に散布した後に燃やし敵の船を炎上させる手法がとられた(海上の油膜をつくり、そこに着火するということだから、想像するだけで恐ろしい)。ナフサはこのように、あらゆる石油や石油製品の呼称の中で語源的には最も古く、元々はどろどろの黒い瀝青を意味し、人類が石油を有効活用するその原初で、この言葉が地域文化圏、語族を超えて伝播したことが分かる。

西側ではoliveと同じ語源であるoilが植物油から、petroleumは岩(petro)の油(oleum)として地中の岩石に眠る石油から造語され、下図1に示した使用頻度の通り、油を意味する言葉はこの2つが主に使用された。

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図1 各言葉の使用頻度(Google Ngram)

naphthaの使用例はoilやpetroleum、gasolineに比べて少なく、詩や文学の比喩で使われたり、ペルシアやギリシア、バビロン王国の記述の中で自噴する瀝青としてアスファルト(固形物)らと共に登場したりするに過ぎなかった 。

このようなナフサの定義は、しかしながら、石油産業の誕生によって転機を迎える。1859年にアメリカ・ペンシルヴェニア州で掘削技術が開発され、油井が出現すると、既存の鯨油に変わる天然資源として、石油が注目される。ロックフェラーが1870年にスタンダード石油会社を設立、燃料用石油の量産が始まった。原油(crude oil)は黒色で、刺激臭を伴うことからそのまま活用することは困難だ。しかし、これを加熱した後、蒸留点の違いを利用することによって無色透明な白油(clean oil/products)を生産することが可能であり、オクラホマ州やテキサス州において世界初の製油所(refinery)が建設された。この資源を基盤に産業が興り、戦争も引き起こす、まさに「石油の世紀」の始まりである。

それまで一言で油(oil)や石油(petroleum)と呼んでいたものに対して、照明や自動車燃料、船舶燃料用途などに分けて複数の留分が生まれ、新たにガソリン(gasoline)やケロシン(kerosene)といった語が誕生した。一方、原油精製時に発生する非常に揮発しやすい軽質な炭化水素油はナフサ(naphtha)と呼ばれるようになった 。ナフサランプと呼ばれる照明器具が存在していたように、石油産業勃興期には家庭用照明向けにナフサが使用されることもあった。しかし、ナフサは揮発しやすいことから、爆発事故が度々発生し少なくない死者をもたらした。安全のためにより比重の重く揮発しづらいケロシン(灯油)がこのような文脈で開発された。

いずれにせよ、現在に至るナフサの意味は、このように19世紀に生まれた。文明化された製油所からすれば古来のナフサは未精製および未開の物質であり、この名前の付けられない軽質かつ危険な副生物(byproducts)に対してこのナフサをあてがったというわけだ。ナフサがこのような非常に古い語源を持ち、様々な文化圏を通して広がり、現在は世界的な言葉になっているこの変遷に、他の石油製品以上のロマンを感じてしまうのは筆者だけではないだろう。

次回は、今回考察した語源的視点をナフサが私たちに語りかけることについて考えたい。

参考文献

- 堀田隆一. はじめての英語史. 研究社. 2016
- ダニエル・ヤーギン. 石油の世紀. 日高義樹・持田直武訳. 1991
- Ida M. Tarbell. The History of the Standard Oil Company. McClure, Phillips and Co. 1904

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⁠⁠柳本 浩希(やなぎもと・ひろき)

⁠1985年生まれ。大学卒業後、総合化学メーカーに就職し、石化コンビナートの現場、ナフサの調達、合成樹脂の営業を経験。その後、ナフサ取引の仲介や情報誌の編集責任を務め、2026年5月に炭化水素リサーチ株式会社を創業(https://hc-r.co.jp/)。ナフサと石油化学業界必携のNaphtha Portalを立ち上げる。